リサーチクラスターモデルの構築 会津大学のクラスターの活動

CAIST(カイスト)の誕生とその目的

「今から遡ること13年前の2009年4月1日、会津大学に先端情報科学研究センター(Research Center for Advanced Information Science and Technology 頭文字から通称『CAIST(カイスト)』:以後、カイスト))が設立されました」と教えてくれたのは、おだやかな笑顔が印象的な趙教授。会津大学で副学長をつとめる工学博士の趙教授は、カイストの設立目標として以下の3つを掲げました。

  1. 情報科学における先端的研究と社会ニーズに対応した研究の推進。
  2. 他大学や企業、研究機関等との連携も積極的に進める。
  3. 地域産業の振興と新産業の創出に寄与する研究の拠点化を図る。

「これらの目標を掲げ、十数年をかけ、カイスト内で活動してきたさまざまな研究課題の取り組みから、新たなリサーチクラスター構想がふくらんできました」と趙教授。

そもそもクラスターとは

趙強福教授

2022年の今、COVID-19の大流行の禍中に直面しています。報道などの影響により、クラスター=集団感染という本来意味するところとはかけ離れた印象を持たれがちですが、そもそもクラスターという単語は、集団、集合体、集積といった意味でさまざまな分野で広く用いられています。そこで、今回、会津大学でのクラスター活動について、上記のタイトルにもある「リサーチクラスターモデル」とは、一体どのような取り組みのことなのかを、改めて趙教授に教えてもらいました。

「天」「地」「人」から「リサーチクラスターモデル」の構築へ

「もともと会津大学には、『天地人』という最初のクラスターがあり、『天』は宇宙開発、『地』は気象、『人』は医療とに分類し、それぞれ研究に取り組んでいました。その後、上述の通り、2009年4月にカイストを設立。カイスト内において、それぞれの研究活動を続けてきましたが、さらに研究力を強化することと、もっと多種多様な研究分野を活性化させることを目的に、2020年10月、全学的な研究組織として『リサーチクラスターモデル』を構築しました」。この「リサーチクラスターモデル」とは、これまでの研究チームを細分類化しつつ、あらゆる分野の先生同士が互いにブラッシュアップしながら新しい集合体を作り出していくということを意味し、大きく3段階に分かれます。まずひとつが新進気鋭の研究チームがそろう「ベーシッククラスター(通称Bクラスター)」。もうひとつは、Bクラスターの上部クラスに位置付けられる「カイストクラスター(通称Aクラスター)」。そして、リサーチクラスターモデルでは最上位クラスにあたる「研究センター」。これら3段階のクラスターで構成される研究推進体には、Bクラスターで6グループ、Aクラスターで3グループ、研究センターで2グループが独自の研究課題を設け解決に向けた開発に日々取り組んでいます。

クラスター成長モデル(Cluster Growth Model)の全体像

リサーチクラスターの相互的な連携により会津大学のブランドを創る

趙教授はいいます。「会津大学では、現在の研究センター、Aクラスター、Bクラスターという『リサーチクラスターモデル』を構築しながら、さらに研究力を強化するために新しいクラスターの創造をつづけ、社会貢献に役立ちたいと考えています。研究のバラエティを増やし社会変化に対応できる最先端クラスターの創出。岸田総理も『研究は国の根本』と主張している通り、国は、AI・データサイエンスを促進するためのプロジェクト研究を世界における国力向上と位置付けていますので、会津大学としても、もっと魅力的な大学にするために、研究×研究による新たな課題解決を生みだすことにより、世界トップクラスの研究機関を目指します」。世界のトレンドはめまぐるしく激しく変化をくりかえし、今日の課題解決が、明日にはまた別の課題解決を必要とすることも世の常。激変著しい世界の今を見据え、会津大学にできること、会津大学だからできること、会津大学でなければできないことに注力する。会津から世界へ向けた情報科学の最先端を行く研究活動を発信し、世界から多くの共同研究の仲間を集め、未知なる価値を生み出すクラスターを構築し、ワンストップで解決に導く。会津大学がめざす「リサーチクラスターモデル」の今後の進化にさらに期待が高まります。

日常生活に欠かせないデバイスの研究開発を進めるIoTクラスター

ここからは、クラスター活動の具体例を紹介していきます。設立して1年余の「IoTクラスター(ARC-IoT)」は、AIを搭載したデバイス開発の研究に取り組んでいます。これまでの研究が評価され異例の速さでAクラスターへの昇格が決定した注目の研究です。研究主体となるIoT(Internet of Things)、通称モノのインターネットとは、世の中のあらゆる情報をインターネットを経由させることで、双方向の情報で機能させる仕組みのこと。スマホやタブレットといったデバイスにIoTを駆使し、有効に活用する研究に勤しんでいます。「例えば、ガスの使用量を計ったり、駐車場の空き状況を確認するなど、電気のない屋外でセンサーを利用するときに必要なバッテリー。そのバッテリーの電池寿命を少しでも長持ちさせるために、省エネ、かつ、屋外使用に適した小型化したIoTデバイス(センサーのオンオフ切替を操作するチップ)を開発することなどが、私たちの活動目標です」。このように話してくれた齋藤先生は、ハードウエアの研究はもちろん、デバイスを動かすためのソフトウエアの両面を融合した、小型で省エネなIoTデバイスの開発に取り組んでいます。

齋藤寛教授

AIを用いた野生動物検出システムの研究開発

最近では、IoTデバイスにカメラを搭載し撮影した画像をAI処理するといった、よりスマートなデバイスの開発が主流で、齋藤先生も、できるだけAIを取り込んだスマートなIoTデバイスの構成、設計の研究を進めています。その応用として取り組みはじめたのが野生動物検出システムの開発。「この取り組みは4年前から行っています。当時、会津若松市内の町中にまで、クマが出没するとの情報があり、ハードウエア開発を研究している身として、『AIを使ってクマを検出し検出情報をすばやく周知することができれば、被害を未然に防げるのではないか』、というのが研究の始まりでした」。しかし、大学の研究は、どちらかというと方法論の研究が一般的で、「特に、『動くもの=検出装置をつくる』という経験もなく苦労の連続でした」。これは、AIにしても同様のようで、オープンソースとして提供しているAIモデルを使ってのテスト画像では検出できても、野外の実証実験では検出ができない。そこで、AIのプログラムを自分たちで作り直す作業を何度も何度もくりかえし、昨年の7月頃から、ようやくクマが検出できるようになったといいます。「AIのモデルには、クマの画像からクマの特徴を抽出し覚えさせる必要があります(学習)。ネットからダウンロードした画像だけではなく、実証実験で得た画像を使って学習しない限り、実証実験でクマをうまく検出することができません」。

その後、福島県会津地方振興局の委託事業として本格的に始まったクマの自動検出システム開発。「自動検出の精度が上り始めると、今度は、『追い払うことはできないか』、との相談が舞いこんできました」。実際、音と光を使い、クマを追い払うことは確認できたものの、数週間するとまた現れてくる。「専門家によると、忌避刺激を与えないと何度でも現れてくるといいますが、現在のAIでは、クマ=黒い物体という認識のため、誤認することも考えられ、痛みを与えて追い払えるようにするのは、まだもう少し先になりそうです。だからこそ、より多くの画像を用いて学習させることが課題解決の取り組みにつながると考えています」と斎藤先生談。このクマ検出システム実証実験には、IoTクラスターから4名の学生が、現地(会津美里町、喜多方市)での画像の回収や装置の故障対応などといったメンテナンスの面で関わり、2021年度は、2週間に1回程度、装置9台から静止画像の回収などを行ったそうです。「当初は、1,2万の画像を回収するために1時間以上も要していました。春先など寒い時期はとてもつらかったです。こうした課題に対して、大学院生が画像回収のプログラムを自発的に改変してくれたため、今では10分程度で回収できるようになりました。また、この学生は、既存の検出装置をサイズダウンさせながら、これまでの前方だけでなく、複数方向でクマを検出できるよう装置を改善してくれていて、とても頼もしく感じました」。

野生動物検出システムが捉えたツキノワグマの画像

野生動物検出システムが捉えたツキノワグマの画像

トレイルカメラが撮影した動画の一部

トレイルカメラが撮影した動画の一部
※本成果は、福島県会津地方振興局の委託による実証事業によるものです。

「今後の抱負として、AIの精度をあげ、クマだけでなくイノシシも検出できるようなシステムの開発に取り組んでいけたらと思います。福島県会津地方振興局からの、ツキノワグマの個体識別調査の依頼にも応えていきたいですし、もっと広いエリアに数台のカメラを設置し追尾できる仕組みにも取り組みたいですね。こうした活動は、IoTクラスターにとって、ひとつの研究にすぎませんが、この研究の仕組みを応用すれば、さまざまな課題にシフトすることが可能です。例えば、不法投棄を見つけたり、土砂災害を見つけたり、河川の氾濫を見つけたりなど、該当するセンサーを取り付ければもっと違う社会課題を解決できる可能性が広がっていくものと確信しています。そのために必要なモノが、私たちが研究開発しているIoTデバイスなんです」。 AI、そして、IoTデバイスがつなぐ未来。私たちの生活が今後どのように変化していくのか。齋藤先生をはじめ、IoTクラスターの研究から目が離せませんね。

研究センター・Aクラスター・Bクラスターの各グループ

研究センターに位置づけられるグループは以下の2つです。

1. 宇宙情報科学研究センター
2019年4月1日付けで、文部科学省と共同利用、共同研究のための「月惑星探査アーカイブサイエンス拠点」の認定を受け、Aクラスターの「宇宙情報科学クラスター(ARC-Space)」から研究センターへ移行。現在、JAXAの「はやぶさ2プロジェクト」にも参加。
2. ロボット情報工学クラスター
(ARC-Robot)
国と県のロボット開発拠点を担う研究の取り組みが評価され、現在、Aクラスターであるが、研究センターとしても機能。

Aクラスターに位置づけられるグループは以下の3つです。

1. 生体情報学クラスター
(ARC-BME)
医学と工学分野を融合して健康、医療、介護などに関する幅広い領域における研究開発。
2. クラウドクラスター
(ARC-Cloud)
センサーネット、ロボット、エネルギーマネジメントなどのシステムにおけるさまざまなセキュリティ課題について、ソリューションを提案する研究開発。
3. IoTクラスター
(IoT-ARC)
ハードウエアとソフトウエアを融合しながら小型で省エネを実現するAI・IoTデバイスの研究開発。

Bクラスターに位置づけられるグループは以下の6つです。

1. Intelligent Networking
(インテリジェントネットワーキング)
安全・安心で拡張性のあるかつスマートな次世代ネットワーク技術に関する研究開発。
2. Satellite Data Utilization
(衛星データ利用)
地球観測衛星により取得したリモートセンシングデータを用い、防災・復興・資源の利活用などに関連するソフトウェア・技術の研究。
3. Smart Design
(スマートデザイン)
「設計」などに関連する知識の記述、獲得、更新などを統括し、知識創造プロセスそのものの「知能化」を目指す研究開発。
4. Smart Service
(スマートサービス)
クラウドを用いたeラーニング、eコマースなどに関わる最先端の技術の研究開発。
5. Vision Computing Platform
(ビジョンコンピューティングプラットフォーム)
ディープラーニングなどを利用した人間の「視覚機能」の実現に関連する研究開発。
6. Automated AI System Design
(自動AIシステムデザイン)
機械学習やディープラーニングにおける困難なタスクを解析・解決し、AIシステムの設計、開発、運用、管理など一連の工程の自動化を目指す研究。

先進的で多彩な研究を行う各グループが、研究センター、Aクラスター、Bクラスターそれぞれの段階に応じた研究開発に取り組んでいます。

プロフィール

趙 強福先生

コンピュータ理工学部 コンピュータサイエンス部門教授。会津大学の副学長でもある。

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齋藤 寛先生

コンピュータ理工学部 コンピュータ工学部門教授兼コンピュータ工学部門長。自身も会津大学出身。

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齋藤 寛|教員一覧