日本を支える人材を育てるICT分野の「甲子園」 パソコン甲子園(全国高等学校パソコンコンクール)とは?

全国に先駆け福島県で始まった「パソコン甲子園」

会津大学には開学当初から、世界各国の優秀な研究者が集まっていました。当時、海外では既に行われていた「プログラミングコンテスト」を会津大学で開催するというアイデアは、そのような中で生まれました。開学から10年を迎える頃、この構想は、福島県をはじめとする多くの関係者の手によって実現に向けて動き出したのです。

そして2003年11月22、23日の2日間、「全国高等学校パソコンコンクール」、通称「パソコン甲子園」が会津大学を会場に初めて開催されました。
会津大学からは、前田多可雄教授と黒川弘国元上級准教授がプロジェクトチーム員として、運営全般に関わり、出題から審査まで担当していました。プログラミング部門の初代グランプリは愛媛県立松山工業高等学校、県内からは、CG・コンテンツ部門の第3位に郡山北工業高等学校が入賞しました。
初開催から3年目の2005年、第3回大会から参加することになった吉岡廉太郎先生に「パソコン甲子園の歴史」についてお話をお聞きしました。

パソコン甲子園に参加したきっかけについて、吉岡先生曰く「私は、もともと大学の公開講座を担当していて、最初は『プログラミング部門の運営を一緒にやってほしい』と声をかけられました。パソコン甲子園の競技のオンライン化を見据え、公開講座を手伝ってもらっている学生たちの協力を得ながら、競技の質の向上や作題など学内での運営を見込んで誘われた部分もあると思います」。
その頃の福島県では、県内の全ての学校にパソコンを導入する取り組みを行うなど、インターネット環境の整備に力を入れていたそうです。しかし、実際の運用という面では今とは雲泥の差があり、高校でのパソコンの活用状況も、インターネットの接続環境も決して十分とは言えない中、パソコン甲子園の競技のオンライン化については吉岡先生も苦労し、全国の高校の実態も調査されたそうです。「それでも、オンライン化が『できる』と言い切れたのは、会津大学がどこよりもオンライン化の実情について身を持って知っており、専門技術もあるからこそ『できる』と自負していたからです。」と吉岡先生。

当時、吉岡先生は、そのような状況の中でパソコン甲子園の競技システムを一から作り始めたそうで、「最初の数年間は、戦力になる学生たちに手伝ってもらいながら競技システムを作ったり、作題においても教員と学生たちが一緒になって取り組んだりなど苦労の連続でした。今思えば、そうした活動により試行錯誤をすることで、学生のスキルアップや大学全体のレベルアップに繋がってきたことは間違いないと思っています。」まさに当時から他に先んじていた公開講座のノウハウがその後のパソコン甲子園の屋台骨を築いていました。

パソコン甲子園初期の頃の大会

10年目を機に次代のステージに向けて

この参加人口を増やすという視点を、さらに意識するようになったのは、約10年前からのことだそうです。「私たち会津大学のパソコン甲子園には、いかに『裾野を広げていくか』という理念があります。その理念のもと、大会を継続していくうちに参加校数の増加に比例してコンテストのレベルも年々上昇を続け、運営する側としても競技レベルを上げざるを得ない状況になっていきました。ただ、パソコン甲子園の難易度が上がりすぎてしまうと、新たなチームはなかなか参加しづらくなります。そこをどう両立させていくべきかに悩みました」。
以降、全国から多くの参加者を集めるための試行錯誤の取り組みが始まります。「ちょうどアップル社のiPhoneが火付け役となって全国的にスマートフォンが普及しはじめたこともあり、パソコン甲子園の第9回目(2011年)の開催に合わせ新しく『モバイル部門』を開設しました」と吉岡先生。
その後も、時代の変遷とともに参加人口を増やす工夫を続けていく中で、昨今では全国の高等学校において『情報』の科目の必修化がはじまり、コンピュータ等への興味を喚起できる環境が整ってきたようです。

吉岡先生は「これからは技術者を育てるというより、情報科学やコンピュータというものについての教養を持った人たちの手助けをする競技の部門を作りたいですね。『コンピュータの力をどのように社会に活かせるか』や、『人とコンピュータが共存できる社会とは』などのテーマについて考えてもらうための競技を新しく作り、そこから技術者となる人材を育てていきたいと思っています」と語ってくれました。

モバイル部門の大会

地域だけでなく国内の情報育成事業を担う

「高校生向けの講座ではプログラミングのことを『コンピュータを動かすための言葉』と説明しています。つまり、『プログラマーはコンピュータの先生』というのが私の持論で、好んでそのように高校生たちへ伝えています。コンピュータ理工学とは突き詰めていくとコンピュータをどう育てていくかということを体系化した学問です。会津大学でプログラミングを習得した学生たちは、きちんとコンピュータを育てられる術を身につけて卒業していきます。ただ、ここで大事なことは、プログラミングする前に何を伝えたいかを考えなければならないということです」と吉岡先生。「何を伝えたいかを考える」いわゆる「課題を発見する」という能力は、日常的な社会生活において、その必要性が重視されているだけでなく、コンピュータ理工学の中でも非常に重要な分野として位置づけられているそうです。「プログラミングをする前に必要なことは、日頃の自分の行動をフローチャート的に考えたり表現したりする、いわゆる『アルゴリズム的思考』を養うことであり、こうしたコンピュータ的思考を最優先に教えたいと常に考えています。つまりパソコン甲子園はある意味日本全国の規模で現役の高校生に対して行う人材育成であり、ひいては日本の情報技術者の底上げをする事業でもあり、それを地方の一公立大学である会津大学が20年間続けてきたという事実はその規模の大きさを考えると尋常ではないと言っても大げさではないと思っています」。

2003年の第1回大会から今年で20年目を数えるパソコン甲子園が、国内の情報分野にもたらした影響は、これまでの数々の大会を振り返ればわかります。コンピュータ理工学専門の大学とはいえ、私たちがここまで成し遂げられたのは、単なるコンテストに留まらず「日本の情報化社会を支える人材の裾野を広げること」を理念に掲げ、試行錯誤しながら必死に取り組んできたからこその成果だと言えます。会津大学の先生や学生、それを支える会津大学とともに、福島県や会津若松市といった自治体とも強力な連携関係があるから実現できたのではないでしょうか。

「その成果の一つといってもいいと思いますが、これまでパソコン甲子園を経験した高校生の多くが必然のように会津大学への入学を希望し受験をしています。私たちもこうしたことを励みにしながら、この先の20年を見据えた課題の設定をしていかなくてはいけません。このコンテストを創立した当時の気持ちを忘れずに、これからの時代にどんな人材が必要とされるのか、それを問うようなコンテストを新たに創りだすことで、次世代を担う高校生たちにチャレンジの機会を提供していきたいと思っています」と吉岡先生。

これからも会津大学はパソコン甲子園の運営とコンピュータ理工学を通じて、多くの若者を育て導き、日本の情報化社会の発展に寄与していくことでしょう。

2019年プログラミング部門

プロフィール

吉岡廉太郎先生

コンピュータ理工学科情報システム学部門教授。
大学院コンピュータ理工学研究科/情報技術・プロジェクトマネジメント専攻長

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