第三十番札所柳津番外第三十二番札所

第三十一番札所 塔寺

金塔山 恵隆寺 千手観世音
立木観音堂

ここも中田観音と同じくころり三観音のひとつだ.立木観音とは,立った木に観音様をそのまま彫刻したものとのことだ.また,観音堂には「だきつき柱」という柱があって,「だきついて」願い事をするとよいとのこと.

御詠歌

はるばると まいりておがむ えりゅうでら
         いつもたえせぬ まつかぜのおと

境内

由緒

恵隆寺の開基は,欽明元年(538)梁の国の僧青岩によるとのこと.この開基は会津で最も古い.また大同三年(806)弘法大師が立木観音を造ったとある.(文献[1])

以下の解説板によれば,観音様は鎌倉時代のもののようだ.
解説板

大木

境内には大木がある.一つはイチョウ,もう一つはヒノキだ.
大ケヤキ大イチョウ

このイチョウの銀杏(ぎんなん)を境内で販売もしている(300円).銀杏の実は約十俵とれるとのこと(文献[6]).

雪のころ

平成十五年十二日二十日撮影.こんな日でも参道の雪を掃いてくださっている.
観音堂参道山門

石仏

立木観音の入口にある石柱.左:正面,中:左面,右:右面.正面の文字はわからない.左面は「標石願主/ 當(当)所山口徳右衛門」,右は「文化二二年丁卯歳建○」とある.「二二」は4年を表しているようで文化四年(1807年)だ.「建」の下の字は「一」と思うが不明.
正面左面右面

巳待塔.これも立木観音の入口にある.左は大きく「四月吉福」と思う(福が自信なし).小さくは「四月」だけは読める.中は「巳」程度しかわからない.右は天保六年(1835年)と読める.
左面正面右面

巡礼道

中田観音から徒歩の場合

中田観音を出てまっすぐに進み,ここまで出て左折する.ここを右折し川を渡る.ここを右折(バイパスを通る.右手に部落がある).磐越自動車道をくぐりさらに進む.坂下農林高校を通り(左手に校舎,右手はグランド),只見線の踏切を渡る(左手に会津坂下駅が見える).そのまま道なりにまっすぐ進み,つき当たりまで進む.坂下町の繁華街に出る.このつき当たりを左折し,つき当たりまで進む(つき当たりは諏訪神社).このつき当たりを右折し,400mほど歩くと国道49号線にでる.国道49号線を左に(西に)進む,坂下バス営業所を右手に見て,さらに進む.しばらくすると新道(左)と旧道(右)とに分かれるところに出るので旧道(右)を行く.400mほど歩くと右手に立木観音がある.

徒歩におけるおおよその所用時間は以下の通り:

中田観音←→会津バス坂下営業所2時間
会津バス坂下営業所←→立木観音20分

バスを利用する場合

会津若松市内または会津坂下町内から柳津,郷戸,大成沢,荻野,杉山行きに乗車できる場合には,会津バスの観音前バス停が利用できる(柳津の先に郷戸があり,さらにその先に大成沢がある).
バス停時刻表バス停時刻表

上記のケースではない場合,会津バスの「坂下営業所」停留所を使うことができる.ここは会津若松市内からの路線(一日片道31本)の「坂下行き」の最終停留所(柳津,郷戸,大成沢行きもここで停車する)である.国道49号線に接しているのでここから西へ進めばよい.

只見線会津坂下駅から徒歩の場合

会津坂下駅を北に進み,役場前まで出る.この通りが会津坂下の繁華街である.残りは徒歩の項を参考のこと.

只見線塔寺駅から徒歩の場合

塔寺駅を出て国道49号の交差点まで出る.ここから旧道へ入り,しばらく歩くと心清水八幡神社があり,次に中田観音がある.それほど中田観音までは近くではない(上記「坂下営業所」から中田観音までと同じくらいの距離かと思う).一日片道6本.

塔寺駅付近は部落より少し高台にある.これは,只見線を走る列車が七折峠を越すために,高さをあらかじめ稼いでおくためだ.只見線に乗ると,会津坂下駅−塔寺駅−会津坂本駅間で列車が一生懸命に昇ることが分かる.

御朱印

御朱印
御住職から御朱印を頂くことができる.

巡礼記

平成十五年(第十日)平成十六年(第九日)

住所

福島県河沼郡会津坂下町塔寺字上の山 2528

第三十番札所柳津番外第三十二番札所


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