-- 赤と青のベッド --


ある人が,左半身に極めて重大な損傷を受けたとしても,進んだ医学によって完全に回復することはいつか可能に なるだろう.少なくとも理論上は可能なはずである.

ただし,左半身ということはそこに左脳も含まれる.他の部分と違い,脳にはデリケートな問題がある. DNA が同じであっても脳の構造は1つ1つ異なるので,その情報を十分取っておく必要がある. その上で,脳細胞1つ1つからの構造を再現できれば,その左脳は元の右脳と合わせて本人の脳として復元される. このような操作は実現性には乏しいが,思考実験としては十分可能である. また,実は脳の自己同一性はそれほど厳しくはない.なぜならば,我々は毎日多くの脳細胞を失っていても, 本人を語っているからである.従って脳の再生にはそれほど厳格なコピーは必要ないとも言えるだろう.

ここで,ある人が意識のないときに,真ん中から2つに切断されて,その上で右半身だけから, 今言った再生医療で元の状態に復元されたとする.右半身は赤いベッドの上で再生され, やがて目覚める. これは左半身に重大な損傷を受けて回復したのと同じことと考えられる.

しかし,左半身にも同様の再生を行ったとすると,奇妙なことが生じる. 左半身は青いベッドの上で再生され,やがて目覚める.

もしこれがあなただったらどうだろうか? 切断された後は,別々の部屋に送られて互いに影響しないとすると, 左半身が再生されるかどうかは右半身には関係ない.従って,右に注目すれば, あなたは赤いベッドで目覚めるはずである.しかし同じことが左にも言えるので,その意味ではあなたは 青いベッドでも目覚めるはずである.あなたはどこで目覚めるのだろうか?

09/5/29